マイルドヤンキーの実態(鎌倉version)

マイルドヤンキーというと、

2014年に博報堂の原田曜平氏が著書『ヤンキー経済』で

定義した、若者の生態、消費活動の傾向で、

 

・地元から出ない ・仲間や絆 ・ミニバン

・(イオン)ショッピングモール ・EXILEAKB48

などが、嗜好として挙げられています。

 

 ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体 (幻冬舎新書)

 

確かに、ウチの会社でも、

当時マイルドヤンキー記事が何本が載ったりもしましたが、

実際に鎌倉で、東大院修了から少年院上がりまで、

幅広くホンモノと接してきた人間からすれば、

何、机上の空論言ってんだか、って感じでした。

 

では消費傾向はさておき、

実際のマイルドヤンキーたちの性格はこんな感じでした。

 

●頑張ることができない

●我慢ができない

●想像力がない

●感受性が低い

 

・頑張ることができない

能力が低いから、実現できないのかな、

と色眼鏡で見ていた時期があったのだが、そうじゃない。

低いなりに能力を伸ばそうとしてるのかと思いきや、

コツコツ勉強することも、努力して何かを勝ち取ることも、

そもそも何のアクションもしない。

「頑張った結果、ダメだった」ではなく、

「頑張ること自体ができない」ようでした。

 

・我慢ができない

上記の頑張ることができないにも通じますが、

勉強や努力は、苦痛だから=我慢なようです。

彼らには「仕事は楽しんでやるもの」という発想も薄い。

「仕事はカネを得るために、嫌々ながらやむを得ずするもの」

でしかない。

 

・想像力がない

これは我慢にも通じますが、コツコツ勉強して、努力して、

その先に得られるものの想像ができない。

逆に悪事を働き、その先の転落、喪失も同じように想像できない。

だから頑張ろうともしないし、楽な道(悪の道)を平気で選んで、

その先に待っている結果が想像できない。

 

・感受性が低い

彼らの世界は驚くほど狭い。行動範囲ではなく、興味関心も。

文化的素養が磨かれたかどうかの問題もあると思いますが、

たとえば食事に行っても同じメニューしか頼まない、

マンガ好きといっても新たな作品に出会おうともしない、

良い意味での「いつもの」ではなく、他を見ない狭い世界の「いつもの」なんです。

 

そして、鎌倉versionと名付けたので、

違いをオチとして。

 

まず、鎌倉にはイオンがまったくありません。一番近いイオンは茅ヶ崎かな。

ショッピングモールは、今だと辻堂のテラスモール湘南

そもそも、横浜駅もみなとみらいも、藤沢というそこそこ大きな街も近いので、ロードサイドで行動しないんです。

 

そして、EXILEAKB48について。

鎌倉(ならびに湘南)のマイルドヤンキーは、

海、サーファー、DJみたいな世界で育ってきているので、

そこは「湘南の風」だったりが、代わる立ち位置にいるようです。

 

 

 

 

 

Webメディアと紙メディアの違い

最近の話題に乗って、

Webメディアと紙というか旧来のメディアの違いについて、書いてみます。

 

ただ、あくまで自分は広告会社の経験や、

出版社の編集者としての立ち位置で見ていることを

ご理解いただきたく。

 

一番は、媒体を数字で見ていないことです。

PVとか、売上も当然大事なんですが、

「いいものを作っているかどうか」

その誇りがあるかないか。

 

申し訳ないですがウェブメディアの方に、

そういった視点を感じることは少なかったです。

 

電通には「俺がニュースステーションを立ち上げたんだ」と

吹かす人間が50人はいる、

というのはよく知られた電通社内ジョークですが、

そう思えるかどうか。

 

もっとコンテンツ寄りの出版社では、媒体そのものではなく、

その中にある作品群、コンテンツに誇りを持っているか、

週刊少年ジャンプではなく、「俺がこち亀を」「俺がドラゴンボールを」「俺がスラムダンクを」と思えるか、

もちろん編集者だから、読者の反応も、単行本の売上も

気になるに決まっていますが、「面白い作品を作っている」、

そう思えることが一番大事だと。

 

そのためには、作り手であるクリエイターさん、

ライター、カメラマン、イラストレーターや漫画家、

やっすいギャラで使い捨てることも、やらかしたことの責任も

押し付けることは出来ないはずです。

 

編集者として、今でも矜持として持っているものを最後に。

「良い編集者はクリエイターのために、自分の会社と戦える人間だ」